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社長連載コラム「倉敷帆布と私」

第七回 「先代・先々代から継承した経営者としての在り方について」

第7回『先代・先々代から継承した経営者としての在り方について』

経営者として何十年か従事してきた身として
私なりに「経営哲学」なるものを持っていますが、
それをよくよく紐解いてみますと、先代・先々代から受け継いだ
視点や姿勢にも影響されている所が大きいと感じています。


来年の自分が目指すところを心新たに意識する年の瀬、
倉敷帆布の軌跡を交えつつ、先代・先々代の話を少しご紹介したいと思います。



国産帆布生地は、時代の流れにより、
最盛期と衰退期の両極を経て、現在に至っています。


ちょうど先々代(祖父:武鑓進衛)の時代は、国産帆布生地の最盛期。
日常生活を下支えする素材として多様に用いられ、
織れば織るだけ利益が出るような成長期を迎えていました。


祖父は成長期においても攻めの姿勢を絶やさず、
当時他社が本格的に手掛けていなかった
「ヘッシャンクロス(ジュートの織物)の織機開発」を進め、第2工場を増設。
自らの主導で更なる利益を創出することに成功します。


私の幼少期、引退後の祖父と共に過ごした時間のなかで
当時の話をよく聞かせてもらったものですが、
祖父の熱意、工場への愛着、攻めの姿勢といった部分に
子供ながら多分に影響を受けました。



時を経て、先代(父:武鑓尚)が継承した頃には、需要のピークを過ぎ、
機能性に優れた代替素材が台頭してきたほか、
価格面でも優位性を失い、大変苦しい時代を迎えます。


祖父の頃とは対照的に忍耐の時代を過ごした父は、
自らの判断で祖父が作った第2工場を閉じる決断をします。


倉敷帆布の沿革において決して明るい時代とは言えませんが、
工場を縮小するという苦渋の決断を下した判断力、
それにより雇用と工場を守った事実は、
経営者の一つの在り方として、やはり大きな学びとなっています。



さて、父から継承した帆布屋を、私の代でどう再興するか。
私の代には、工場を閉鎖するか、
新しい需要を起こすかという二択しかありませんでした。


結果、祖父から学んだ攻めの姿勢で
BtoC市場の開拓や細幅織機の開発を進めていく私を
父は多くを語らず静かに見守る形で後押ししてくれたように思います。


惜しくも父はバイストンが本格始動する直前の2004年に他界。
バイストン/倉敷帆布の成長を見せられなかったことが心残りです。



「自らの判断で会社の進む道を決める」


言葉にすると格好の良いフレーズですが
様々な事に影響を及ぼす経営判断は決して容易ではありませんし、
経営者とは孤独で悩ましく辛抱の方がはるかに多い立場です。


そういった中、先代・先々代の姿勢、視点、決断の事実は、
何よりの生きたお手本として私の経営哲学を支えてくれています。


私の代も次の世代へ継承していく準備期間に入りつつあります。
自分がどんなお手本を残せるのか、その辺りもゆっくり考えながら
年の瀬を過ごしたいと思っております。



次号は話題をがらっと変えまして
2009年のメゾン・エ・オブジェ出展から本格的に取り組み始めた
海外展開の話についてお伝えしたいと思います。
長文、お読みいただきましてありがとうございました。



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