倉敷帆布 BAISTONE 株式会社バイストン コーポレートサイト

倉敷帆布とは

倉敷帆布とは

倉敷帆布について

撚り合わせた綿糸を用いて織った、1平方メートルあたり8オンス(約227g)以上の平織りの地厚い織物のことを「帆布」と呼びます。英語ではCANVASと呼ばれ、油絵のキャンバス生地はその代表格です。化学繊維と違い、天然素材だけで作られています。使い続けるほどに味わいがうまれ、耐久性・通気性にも優れています。

この帆布は、コシがあり丈夫なため、江戸時代末期より帆船の帆として使われ、江戸と大阪の航路の発展にも関わる発明品でした。明治時代に入ってからは、レザーなどの高級品に比べて「安い、軽い、丈夫」の三拍子が揃った便利な布として、酒屋の配達袋から学生カバンまで庶民生活を支えたなじみの素材として広く使われ、トラックの幌用に防水加工を施された帆布は日本の高度成長の一躍を担ってもいきました。岡山県倉敷市では、もともと綿花栽培が盛んであったことに加え、糸を撚る技術があったため、現在でも綿帆布の日本一の生産量を誇っています。撚り合わせの糸の組み合わせにより厚さが定められており、1号から11号までの規格がいまも基準値として守られています。極太の糸をシャトル織機にかけ、平織りすると「織物の耳=セルヴィッジ」付き帆布が誕生します。そしてこのセルヴィッジが「倉敷帆布」として他の帆布と一線を画すゆえんなのです。

帆布の歴史

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綿花が本格的に日本に到来したのは室町時代と言われ、国内で最初に確認された帆布は織田信長の帆船で、国内に現存する帆布で最古のものとしては播州(現在の兵庫県)高砂の工楽松右衛門(1743~1812)作の手織りの綿帆布で、日本の近代帆布の基礎を築いたという記録もありますが、それ以前から帆布産業は栄えていたと言う説もあります。バイストンのある倉敷市曽原もその地の一つであり、現在でも国産帆布の約7割を生産しています。
明治になると帆布は鉄道貨物のシート、テントといったものから、お酒・醤油つくりのコシ布、職人の持つ道具袋、牛乳配達袋、学生のさげ鞄など、その丈夫さを活かしたあらゆる用途に用いられ、様々な産業生活資材として大量に生産されていきました。

これからの倉敷帆布

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武鑓家が帆布工場を 創設し、倉敷市曽原の帆布産業はより大きくなっていきます。戦時にも帆布は重宝されトラックの幌、軍服などに用いられていました。戦後になり、経済・産業の発展により、帆布の生産量は安価な合成繊維の出現により減少していきました。
しかし近年になり、昔ながらの自然素材製品が持つ暖かみを求める声が多くなり始めました。急ぎすぎた近代化の中で忘れられた日本的な暖かさは、日本に生まれた人なら誰しもが忘れ得ぬ共通の感覚なのかもしれません。
そうした流れに答えるべく、倉敷帆布は自然素材のまま、昔ながらの織り方を守りつつ新たな製品を送り出していきたいと思います。今までの工業用品や仕事道具としてだけではなく、日用品、衣類、小物など、帆布のすばらしさをより多くの人に知ってもらい、手に取って感じていただけるように、バイストンは帆布の普及に努めていきます。
倉敷帆布 経緯の未来

倉敷帆布の歴史・製造工程・織りなす人々と倉敷の文化的背景をご紹介しております。

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